大阪地方裁判所 平成6年(ワ)11583号 判決 1996年6月14日
大阪市<以下省略>
原告
X
右訴訟代理人弁護士
大深忠延
右訴訟復代理人弁護士
村本武志
右同
白出博之
右訴訟代理人弁護士
斎藤英樹
大阪市<以下省略>
被告
岡藤商事株式会社
右代表者代表取締役
A
大阪市<以下省略>
被告
Y1
右両名訴訟代理人弁護士
田中成吾
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して金二三二九万九一七一円及びこれに対する平成三年一二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その二を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、連帯して金三八八二万九九五四円及びこれに対する平成三年一二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実
1 被告岡藤商事株式会社(以下「被告会社」という。)は、東京工業品取引所等において、金・銀などの商品の売買及び受託業務等を業とする株式会社で商品取引員の資格を有するものであり、被告Y1(以下「被告Y1」という。)は、被告会社の営業課長である。
2 原告は、昭和六二年七月初旬ころ、被告Y1との間で商品先物取引の委託契約を締結し、別紙(一)商品取引一覧表のとおり、東京工業品取引所の金については昭和六二年七月九日から平成三年一二月一八日まで、また、その間において、同所の白金、銀、大阪繊維取引所の綿糸二〇番手、四〇番手、神戸ゴム取引所のゴム、大阪穀物取引所の輸入大豆、大阪砂糖取引所の粗糖など五取引所、八商品について六一五二枚の取引を行い(以下「本件取引」という。)、結局、原告の本件取引上の損金は、別紙(二)記載のとおり三五三三万一九五三円となった。
二 争点
1 原告の主張
(一) 被告Y1の行為は、以下のとおり不法行為に該当するものであるから、被告Y1は民法七〇九条により、また、被告会社は、被告Y1の使用者であるから民法七一五条により、その損害を賠償する責任がある。
(1) 本件取引勧誘の違法性
① 断定的判断の提供、不実の告知による勧誘
本件取引の開始にあたり、被告Y1は、昭和六二年七月初旬、原告に対し、「金はこれから値上がりするので絶対儲かる。」、「金の儲けには税金がかからない。」、「委託証拠金として株式を代用でき、有効利用できる。」などと、断定的判断を提供し、不実の告知による勧誘をなした(商品取引所法(以下「商取法」という。)九四条一号)。
② 適格性を欠く顧客に対する勧誘
被告Y1は、原告が、明治四三年○月○日生で、軍人恩給・厚生年金の支給を受けて生計を維持しているにもかかわらず、これらの点につき確認することなく本件取引を勧誘した。
(2) 本件取引の違法性
① 一任取引、無断売買
原告と被告会社との取引は、いわゆる一任取引である上、また、原告が入院し注文等できない期間においても取引がなされており、無断売買である(商取法九四条三号)。
② 新規委託者保護義務違反
被告会社の新規委託者保護管理規則(以下「本件管理規則」という。)においては、新規委託者については、建玉を二〇枚以内とする旨の制限があるにもかかわらず、被告Y1は、新規委託者である原告に、昭和六二年七月九日から習熟期間である三か月内に二〇枚を越える金一七五枚、白金六〇枚の建玉をさせたもので、新規委託者保護義務に違反する。
(3) 常時両建等、無意味な反復売買(取引所指示事項2(1))
商品取引所の受託業務指導基準においては、①同時両建②因果玉の放置③常時両建による取引を禁止し、また、昭和六三年一二月二七日付け農林水産省食品流通局商業課長通達(「委託者売買状況チェックシステムについて」)あるいは通商産業省の「売買状況に関するミニマムモニタリング」(以下「チェックシステム等」という。)においても、①売(買)直し②途転③日計り④両建玉⑤手数料不抜けを特定売買として、監督官庁において①特定売買の比率が全体の二〇パーセント以下、②売買回転を月間三回以内にとどめる、③手数料化率を一〇パーセント程度とするとし、手数料の負担のみが増加する無意味な反復売買、あるいは顧客の損益判断を誤らせるような売買につき指導基準を設けているところ、本件取引においては、特定売買に該当する取引をあえて重複して算定するなどした場合には、本件全取引回数四一〇回(玉を建てて落として一回とする。)の内二五九回の取引が右特定売買に該当することになり、前記農林水産省通達による定義に基づき算定した場合でも、本件全取引回数四一七回のうち一八八回が特定売買に該当することになる。また手数料化率も約五九パーセント、売買回転率も月平均七回以上といずれも右指導基準を大きく超過し、建玉期間も短期なのであって、本件取引は、手数料稼ぎ、客殺しを目的として、原告の利益を考慮せずになされた無意味な反復売買であり違法である。
(二) 損害 合計三八八三万一九五三円(うち三八八二万九九五四円を請求)
(1) 前項記載の差益損三五三三万一九五三円
(2) 弁護士費用 三五〇万円
よって原告は、被告らに対し、連帯して右損害金内金三八八二万九九五四円(内差益損分三五三二万九九五四円)及びこれに対する本件取引終了日である平成三年一二月一八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 被告らの主張
(一) 本件取引勧誘の違法につき
原告は、先物取引の初心者などではなく、むしろ、原告自身の判断により、指値注文及びその取消変更までなし得る習熟者であり、本件においても被告Y1の部下である訴外B(以下「B」という。)が、最初に原告を勧誘した昭和六一年四月一七日から約一年三か月の間、被告会社から商品先物取引の資料の提供を受けて研究した上、本件取引を開始したのであって、被告Y1が、原告に対し、断定的判断を提供したり、不実の告知による勧誘をした事実はない。
また、原告は年金生活者ではなく、昭和六一年四月当時、訴外株式会社a1(旧商号株式会社a商事、以下「a商事」という。)取締役であり、訴外b株式会社(以下「b社」という。)の代表取締役でもあったのであって、被告Y1が原告を勧誘したことにつき違法はない。
(二) 本件取引の違法につき
(1) 一任取引、無断売買、新規委託者保護義務違反
前記のように原告は、指値注文等をするような商品先物取引の経験者、習熟者であり、本件取引はすべて原告自身の相場観に基づきなされたものであって、被告Y1に取引を一任するようなことはなく、また無断売買の事実もない。
また、原告の経験、研究の状況に照らせば、同人は保護を必要とする新規委託者とはいえないし、被告らとしては、二〇枚を超える取引についても、本件管理規則に則し、必要な審査手続を経て受託していたものであって、右規則違反はない。
(2) 無意味な反復売買等について
本件取引の総回数は四一七回であり、うち特定売買に該当する取引は一八八回である。
両建等は、必ずしも禁止されているものではなく、いずれも原告自身の判断により、手数料上の不利益も承知の上で、既存の建玉が損金勘定になって追証を請求されることを回避するなどの目的でなされたものであり、このような両建を行った結果、売買差金勘定においては、輸入大豆を除く全ての取引において益金勘定となり、全取引を通じての売買差金勘定は二五七七万三二〇〇円の益金勘定となっているのであって合理性を有するものである。
なお、チェックシステム等は平成元年四月一日から実施されたものであるし、同システム等に、原告の主張するような具体的な指導基準があるわけでもなく、さらにチェックシステム等は、三か月未満の新規顧客を対象としたもので、その全取引を対象としたものでも、個々の顧客の取引を対象としたものでもないから、四年余りにわたる本件取引において右指導基準を適用することには合理性がない。
(三) 消滅時効
商品先物取引においては、原告の建玉が手仕舞されると直ちに損益金の支払義務が発生するものであるから、個々の建玉に対応する手仕舞があれば、それによって、一個の委託契約は終了するというべきところ、本件取引においては、
(1) 輸入大豆については、昭和六三年六月二八日の買建玉により開始し、同年七月一日、これを手仕舞しした上、同月二日に決済して取引を終了し、
(2) 粗糖については、平成二年二月八日の買建玉により開始し、同年三月一九日、これを手仕舞した上、同月二九日に決済して取引を終了し、
(3) 白金については、昭和六二年八月三一日の売建玉により開始し、平成三年一月二五日までに手仕舞の上、同年三月三一日に決済して取引を終了し、
(4) 綿糸二〇番手については、平成元年五月三一日の売建玉により開始し、平成二年七月一七日、これを手仕舞した上、同年八月二八日に決済して取引を終了し、
(5) 綿糸四〇番手については、平成元年一〇月一六日の買建玉により開始し、平成二年七月一〇日に手仕舞の上、同月一二日に決済して取引を終了し、
(6) 銀については、昭和六三年四月一八日の買建玉により開始し、平成三年一〇月三〇日までに手仕舞をして取引を終了し、
(7) 金についても、①平成三年一月一六日、一二月限一枚買建、同年一一月二八日売手仕舞、②同年一月一六日、一二月限一枚買建、同年一二月一八日売手仕舞を除き平成三年一一月七日までに手仕舞をして取引を終了し
ているのであって、これらの各取引については、右取引終了後、本訴までに、いずれも三年を経過しているので、被告らは本訴第四回口頭弁論期日において右各時効を援用する。
3 原告の反論(消滅時効につき)
本件においては、本件取引勧誘からすべての取引終了までの被告らの行為が一連のものとして不法行為にあたるものであるし、また、原告が、右不法行為による損害及び加害者を知ったのは、本訴を提起した平成六年一一月一一日である。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
第四争点に対する判断
一 被告会社が東京工業品取引所等において、金・銀などの商品の売買及び受託業務等を業とする株式会社で商品取引員の資格を有するものであり、被告Y1が、被告会社の営業課長であること、原告と被告会社は、別紙(一)商品取引一覧表のとおり、東京工業品取引所の金については昭和六二年七月九日から平成三年一二月一八日まで、その間に、同所の白金、銀、大阪繊維取引所の綿糸二〇番手、四〇番手、神戸ゴム取引所のゴム、大阪穀物取引所の輸入大豆、大阪砂糖取引所の粗糖など五取引所、八商品について六一五二枚の取引を行い、原告の取引上の差引損金が別紙(二)のとおり三五三三万一九五三円となったことについては、当事者間に争いがない。
二 そして、証拠(甲四、五、八ないし一一、二〇ないし二二号証、乙一ないし二一、二三ないし三〇号証(いずれも各枝番号を含む。)、原告、被告Y1各本人尋問の結果、弁論の全趣旨)及び争いのない事実を総合すれば、本件取引の経過等の概要は次のとおりであると認められる(前掲証拠のうち、認定に反する部分は採用しない。)。
1 原告は、明治四三年○月○日生であり、都市整備公団のアパートにおいて、軍人恩給、厚生年金の支給を受けて夫婦二人で生活しているものである。原告は、b社の代表取締役として賃貸アパートの管理を行っていたが、昭和六一年ころに右アパートを売却した後は、右会社を解散し、右売却代金(一部資産株として所有)と前記の年金等による収入が、その主な資産である。
なお、原告は、a商事の取締役でもあるが、実際には右会社の営業に関与したことはなく、報酬を受領したこともない。
原告の商品先物取引の経験は、昭和三〇年から昭和四〇年ころに知人の関係で、一時、綿糸の取引をしたことがある程度である。
2 昭和六一年四月一七日、Bは、大阪b社名簿を通じて知った原告を訪問して商品先物取引を勧誘し、その後、昭和六二年七月に取引を実際に開始するまでの間に、金などの商品先物取引の資料等を送付するなどした。
そして、昭和六二年七月三日、原告は、被告会社と取引をすることを決め、同月七日、被告Y1から取引について説明を受けた後、契約書の作成に至り、株券を証拠金として、同月八日、指値で金二〇枚の注文をし(ただし、当日は出会難で不成立)、同月九日から本件取引が開始された。
被告会社では、新規委託者の保護育成、受託業務の適正な運営の確保を目的として、本件管理規則(乙六号証の一、二)を定めており、右第二条において恩給・年金等により主として生計を維持する者に対しては、商品取引の勧誘、受託を行わないものとされているが、被告Y1は、本件取引の勧誘にあたり、原告の年齢を確認することもなく、その年齢を六五歳(実際は当時七七歳)とし、勤務先a商事不動産部、年収約六〇〇万円、預金約五〇〇〇万円などとして、原告が軍人恩給、厚生年金の支給を受けていることは知らなかった。
3 また、本件管理規則第五条においては、売買取引の日から三か月の保護期間中は、委託者の全取引所の建玉合計枚数を原則として二〇枚以内とするとされているところ、本件取引では、原告が取引を開始した昭和六二年七月九日からの三か月間に金、白金につき、これを大きく超える建玉がなされた。
4 なお、原告は、被告Y1からの顧客の紹介を依頼され、昭和六三年三月初旬ころ、訴外C(以下「C」という。)を被告会社に紹介し、Cも被告会社との商品先物取引を始めたが、結局、Cは、平成元年八月ころまでの間に一七〇〇万円余の損失を生じ、平成四年八月一三日、当庁に損害賠償請求を提起するに至った。
そして、Cが、原告に右訴訟への協力を求めたため、原告も本件取引に疑問を抱くようになり、被告会社から委託者勘定元帳を入手した上、平成六年一一月一一日、本訴を提起するに至った。
三 勧誘方法の違法について
1 断定的判断の提供及び不実の告知による勧誘
(一) 原告は、被告Y1から、昭和六二年七月七日、「金はこれから値上がりするので絶対儲かる。」、「金の儲けには税金がかからない。」、「委託証拠金として株式を代用できるので有効利用ができる。」などと言われて勧誘に応じたものであり、これは商取法九四条一号の断定的判断の提供、不実の告知による勧誘にあたる旨主張する。
しかしながら、被告Y1は、右発言による勧誘の事実を否定する上、この点に関する原告の供述は、被告Y1が、これから金を売買したら儲かると言い、同人から金相場の動向についても説明があったと思うが、よく覚えていないという曖昧なものであり、また、原告は、後記のとおり習熟者とまでは言えないとしても、商品先物取引について全くの初心者でもなく、Bが原告を勧誘してから、本件取引開始まで約一年三か月あること、その間、相場等の情報の提供も受けていたことに照らすと、被告Y1が原告に対し、断定的判断の提供や不実の告知に該当するような勧誘をしたとまで認めるに足りる証拠はないというべきである。
(二) 恩給・年金等の支給者に対する勧誘について
原告が軍人恩給・厚生年金の支給を受けていること、被告会社の本件管理規則においては、恩給・年金等により主として生計を維持する者に対し、商品取引の勧誘及び受託を行わないこととする(本件管理規則第二条(2)、乙六号証の一、二)とされているところ、被告Y1において、本件取引を勧誘するにあたり、原告の年齢等を含め、右の点について格段の調査も確認もしなかったことは、前記認定のとおりである。
しかしながら、本件管理規則は基本的に被告会社の内部規則である上、本件において被告Y1は、原告から、同人が過去、商品先物取引をしたことがあることや原告がa商事不動産部勤務であることを告げられ、会社名の入った名刺を受領したり、会社事務所と思料される場所に原告を訪ねたこともあること、また、原告は、b社において管理するアパートを売却して得た五〇〇〇万円を預金ないし有価証券等として有しており、これが本件取引の資金となったこと、そして、原告も年金等受給の事実を被告Y1に告げることはなかったことを考えると、被告Y1において特にこの点を確認せずに、本件取引を勧誘したからといって、そのことが直ちに本件取引の勧誘の違法を意味するとは解し難い。
したがって、この点に関する原告の主張にも理由がない。
四 取引行為の違法について
1 新規委託者保護義務違反について
被告会社の本件管理規則においては、取引開始の日から三か月の保護期間内における新規委託者の全取引所の建玉合計枚数を原則として二〇枚以内とするとされているにもかかわらず、本件取引においては、右期間に金一七五枚、白金六〇枚という右を超える建玉がなされているところである。
ただ、前記のとおり、本件管理規則は被告会社の内部規則である上、本件管理規則においては、二〇枚を超える建玉の申出があった場合には、委託者の商品取引に対する知識、理解度、資力等を勘案し、責任者において審査等の手続を経た上で、受託するともされているところ、昭和六二年七月三日、原告において一〇〇枚の取引注文がなされた際、受託調書を作成の上で判定がなされ(乙五号証)、同年九月七日にも、同様の手続がとられ(乙八号証の一)、その結果、昭和六二年一〇月九日付で、原告につき継続的売買取引関係者としての認定申請もなされている(乙八号証の二)のであって、前記の原告の資力、商品先物取引の経験等を総合考慮すると、保護期間内に本件管理規則の基準を超過する建玉がなされているからといって、直ちに本件取引行為が違法となるとまでは解されない。
2 一任取引、無断売買について
原告は、本件取引は、一任取引あるいは無断売買である旨主張するが、証拠によれば、原告は、相当回数指し値注文を出し、中には指し値を途中で変更したり(乙二三号証の一No.1)、成り行き注文としたり(同No.6)、あるいは注文を取り消したり(乙二三号証の六No.4)、注文内容を変更したり(同No.5、No.11)していること、また、本件取引の結果については、被告会社から原告宛に残高照合通知書が月一回の割合で送付され(乙二六号証の一ないし四八)、これに原告も目を通し確認していること、にもかかわらず、原告が被告会社に苦情、要望を申し入れたりすることはなく、平成三年一二月の本件取引の精算の際にも異議の申し入れはなかったこと、原告も、被告Y1の勧めに応じ、取引銘柄、数量、値段等すべて同人の言われるままにしていたとはするものの、都度、取引の注文を出していたことは否定しないのであって(原告本人尋問の結果)、後述のように原告の積極的、かつ主体的な意思によって本件取引の注文がなされたとまで言えないにしても、本件取引が一任取引であるとまで認めるに足りる証拠はない。
原告は、同人が前立腺肥大症によりc病院に入院していた平成元年一月二四日から同年二月二〇日まで及び同年三月一日から同月一一日までの間、あるいは帯状疱疹で同病院に入院していた同年九月二一日から同年一〇月一一日までの間においても(甲六、七号証)、本件取引がなされていることを、一任取引、無断売買の証左であるとする。
しかし、乙二八号証の一ないし一七によれば、右入院期間中においても電話での取引は継続していたこと、この点に関する原告の記憶も曖昧であるが、右入院期間中、原告は取引の注文ができないというような状態ではなかったこと、そして、入院中にも被告Y1と電話連絡し、その際、取引の注文につき承諾したことがあることを自認しているのであって、右入院の事実を考慮しても、やはり本件取引が、一任取引、無断売買であったとまでは認めるに足りない。
3 無意味な反復売買等について
昭和六二年七月九日から平成三年一二月一八日までの間の本件取引四一七回のうち、両建が九七回、売(買)直しが九回、途転が八〇回、日計りが二回であった限度においては当事者間に争いはなく、右を基にすると、本件取引中の特定売買の割合は約四五パーセント、両建だけでも約二三パーセントとなり、一か月平均約七・七回の取引がなされていることになる。
また、本件取引における売買差益が二五七七万三二〇〇円であるのに対し、委託手数料が五九八二万二五八〇円であるため、結局、三五三三万一九五三円(取引税、消費税を考慮)の損金が生じていることについても当事者間に争いがない。
そして、両建等の取引は、手数料上の負担が増すだけで、通常、委託者にとっては意味のない取引であり、旧来の受託業務指導基準、商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項においても、両建玉(同時両建、因果玉の放置、常時両建)の禁止が明記され、平成元年一一月二七日実施の同基準、指示事項においても不適切な両建を含め、委託者の手仕舞指示を即時に履行せずに新たな売買取引を勧めるなどの行為を禁止しているところである(甲一九、二三号証、乙二四号証)。
両建等がなされていることが、直ちにその取引の違法を意味するものとまでは言えず、相場の変動状況によっては、手数料上の不利益を考慮してもなお、両建として相場の様子をみる場合があり得ないではないが、いずれにしても、両建等は、例外的、緊急避難的なものであり、両建をして、なお利益を得るには、相場の変動を見極め、一方の建玉の外す時機を誤らないようにするなど、相当高度な商品先物取引に対する知識や技量、相場観が要求されるほか、両建によって、帳尻上は利益が生じているかのように委託者が錯覚、混乱することもあることを考えると、両建等が、本件のように極めて高い割合で行われ、かつ本件取引により生じた損金に占める手数料の割合が大きいことは、特別の事情あるいは合理的な理由がない限り、本件取引が被告らの誘導によりなされた無意味な反復売買であることを推認するものと言わざるを得ないところである。
被告らは、右のように両建等がなされたのは、先物取引の習熟者である原告の判断に基づくものであり、現に輸入大豆を除くすべての商品について売買差益が生じていると主張するところであるが、前記認定のとおり、原告の先物取引の経験は三〇年余り前の一時的なものであるし、原告は、昭和六三年三月初旬ころの値洗では、ほとんど益金はない状態であったにもかかわらず、一〇〇〇万円以上の利益があるものと考えて、Cを被告Y1に紹介するなどしており(原告、被告Y1各本人尋問の結果)、到底本件取引の状況を正確に認識していたとは思われないのであって、原告が先物取引の習熟者であるとは認めがたく、本件取引が、原告の主体的な指示、判断によるものであるとは解しがたいところである。
また、被告らは、原告の主張するチェックシステム等について、具体的な指導基準の存在を否定するほか、チェックシステム等の対象も目的も異なるのであるから(乙三一号証の一、二)、四年余りにわたってなされた本件取引が平成元年四月一日から実施されたチェックシステムの指導基準に反するからといって、本件取引を違法とすることはできない旨主張するのであるが、前記のような特定売買の意味、問題を考慮すると、被告らの右主張によって、本件取引に占める両建等の割合や損金における手数料の割合の持つ意味が減じるわけでも、前記の推認が妨げられるものともいえない。
4 以上に照すと、本件取引は、被告Y1の誘導により、無意味な反復売買がなされ、これによって原告に損失が生じたものと言わざるを得ないところであって、結局、被告Y1の行為は、本件取引全体として不法行為を構成するものであり、被告Y1もその使用者たる被告会社も、連帯して原告に対する損害賠償責任があるというべきである。
五 損害
本件取引によって生じた損金が、三五三三万一九五三円であることについては争いがない。
しかしながら、被告らも主張するとおり、本来、先物取引は、委託者の自己責任においてなされるべきものであるところ、前記のように本件取引において主体的とまではいえないにしても原告の意思に反する取引がなされたわけではなく、原告は、本件取引の結果についても、その都度報告を受けていたこと、原告も商品先物取引を全く経験したことがないというものでもないこと、被告Y1が原告に対し、断定的な判断を提供するなどして、本件取引の勧誘をなしたとまで認めるに足りる証拠はないことからすると、本件取引による損失の発生、拡大については、原告においても相当の落ち度があると言わざるを得ない。
そこで、本件取引による損害賠償については、右の点及びその他本件において現れたすべての諸事情を考慮して、原告の過失を四割として右損害額から控除し、二一一九万九一七一円(一円未満切捨て)とするのが相当である。
また、弁護士費用としては、本件事案の内容、認容額等に鑑み二一〇万円とするのが相当である。
六 消滅時効について
被告らは、本件各取引は、各商品の手仕舞ごとに終了し、その損害も確定するのであるから、右各商品の取引終了の時点をもって、消滅時効の起算日とするべきである旨主張するが、前記のとおり、本件取引は、その全体の状況に鑑み、一体として不法行為となるというものであって、本件取引が全て終了した平成三年一二月一八日を時効の起算日とするべきであり、本訴が平成六年一一月一一日に提起されたことは、本件記録上明らかであるから、被告らの消滅時効の主張については理由がない。
第五結論
よって、原告の請求は、主文掲記の限度で理由があるからこれを認容し、その余については理由がないのでいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 森冨義明)
<以下省略>